20130406

99を100にするためのツールとしての3Dプリンタ

先日ある集まりで知人と3Dプリンタを肴に話す機会があった。その際、確かに3Dプリンタもだいぶ認知度が上がってきて、そこそこの大学なら高い安いはともかく、普通に配備されるようになってきたけれども、で結局3Dプリンタで何を作るのよ?という話になった。その場にいた人々は皆、なんらかのものづくりに関わっている人たちなので、この道具ができることの限界も、世間の人が過剰に喧伝している現実もおわかりの上での議論となった。みなさんいろいろ思うことがあるみたいだけれども、個人的には以下のような結論に納まった。つまり、「パーソナルファブリケーションは既製品に『+1』するためのものを作る程度にしかならない」ということだ。

世間で言われているほど産業構造を変えるようなインパクトにはならないと思うし、みんながみんなこれでどんどん世の中にあるもの以上の価値を作るなんて事はないと思う。我々が中学生の時に技術家庭科で木工や金工、あるいは家庭科で調理実習をしたからといって、多少の心得にはなったけれども、大半の人はそれが日常の行為にはなってはいない。知識や技術を社会で共有化・オープン化するということと、それが日常の行為になることとは別の議論だ。パーソナルファブリケーションは、あくまで既存の産業の補完用の手段としてあり、そこでの議論がマスプロダクトのデザインに対して反映される土壌となるような関係が既存産業との間に生まれるのではないかと思う。

ところで私は無印良品が好きなのだが、まぁなんというか、良くも悪くも「99点(満足まではちょっと足りない)」というような事が多い。そういう時に、ひと手間かけて自分好みに調整する(『+1』する)というときに3Dプリンタのような道具が役に立つのではないかと思う。ちょっと前に「デコクロ」(UNIQLOにデコレーションを施してオリジナルのデザインにすること)が世間で取り上げられることがあったが、これに近いのではないかと思う。少なくとも、そういう所からパーソナルファブリケーションになじんでゆく方法もあると思う。

ということで、「現状に対する不満を解消する(+1する)装置」としての3Dプリンタを使い、ケーブルクリッパーを作ってみた。ケーブルを束ねるだけなら輪ゴムでもいいのだが、輪ゴムだと定期的に切れてしまうのと、結束帯だと取り外しの自由がきかないし、ベルトだと束ねていないときプラプラするので、これに代わるものを考えた。モノは単純なABSのわっかだが、ケーブルをぐるぐるっと巻いたものをその穴に押し込むと、ケーブル自体の復元力で結束されるというもの。ケーブルの復元力を結束力に変換するというところが一応のキモのつもり。詳細はThingiverseにて。